近畿ESDセンター開設3年目となりました。令和元年度も学校教員のESD推進を応援する拠点を取材しています。
令和元年10月3日に、和歌山県立南紀熊野ジオパークセンターを訪問しました。本施設は、訪問の2か月半ほど前の7月27日に、本州最南端の地、和歌山県串本町潮岬にオープンしたばかりです。JR串本駅からくしもと観光周遊バスで約20分、目の前には、旧海軍の望楼(物見やぐら)があったことから「望楼の芝」と呼ばれる、約10万平方メートルの大芝生が広がり、その先には地球の丸さを実感できる太平洋という、南紀屈指の観光スポットにあります。
施設運営にあたっておられる職員の黒川さん、研究員の本郷さん、福村さん、そして、和歌山県自然環境室の岩﨑さんにお話をうかがいました。
ジオパークのジオとは、「地球・大地」という意味で、ジオパークとは地域の大地の成り立ちだけでなく、歴史・文化・動植物・食などを通じて、大地と人の暮らしとのかかわりを実感して楽しめる場所です。日本ジオパーク委員会が認定した「日本ジオパーク」は44地域ありますが、その中でも南紀熊野ジオパークは、プレートの沈み込みで生み出された3種類の大地が同じエリアで見ることができる、世界的にも大変貴重な場所です。
「人々は大地から生み出された巨岩や景観に畏敬の念を抱き、その自然崇拝をもとにして熊野信仰が生まれました。南紀熊野ジオパークでは、大地の上に生まれた様々な生態系と人々の深い関わりの中で、生まれてきた文化や歴史を学ぶことができます。それら知ることで、この地域のことをよく理解し、地域のこれからについて深く考える材料となります。また、大地の歴史を学ぶことは、防災や減災につながる活動にもなります。南紀熊野ジオパークセンターでは、研究員による出前授業を行っています。地域の歴史に詳しいジオパークガイドの派遣も可能で、校外学習など学校行事に活用できます。
このような活動は、全国のジオパークで行われています。ジオパークに関する学びを教育の場に取り入れ、様々な地域のことを学ぶ活動は、地域の持続可能な発展を担う子どもたちを育てる教育(ESD)を展開できるのではないでしょうか。
レポートその1では、南紀熊野ジオパークセンターの館内展示を中心に、元小学校教員の中澤(地域教材化コーディネーター・学習指導コミュニケーター)のコメントと共にご案内します。
【1400万年前の紀伊半島火山活動】
館内2階の映像室では、約1400万年前に紀伊半島で起こった火山活動をテーマにした映像が上映されています。
<1400万年前を想像した映像が映し出される>
一つ目は、「大地創造編~巨大カルデラ噴火が生んだ奇岩・巨石~」です。それは、弧状に並ぶ火口から膨大なマグマが次々に噴出している驚くべき映像でした。緑の大地に突然巨大な煙の柱が突出したかと思うと、内側の地面がすさまじい勢いで陥没していきます。巨大な噴火を起こしたマグマの通り道では、残ったマグマが冷えて固まり「火砕岩」と呼ばれる岩になりました。
この、はるか昔の出来事を今に伝えている代表的なものが「古座川の一枚岩」と呼ばれる、古座川町にある岩石です。古座川の一枚岩は、マグマが固まってできた、およそ高さ100m・幅500mの巨大な岩壁です。気の遠くなるような長い時間を経て、地形は作られている、ということを私たちに教えてくれます。子どもたちは学校で、人類は長い歴史を歩んできたことを学習しますが、ここでは、それとは比べ物にならないほど長い時間をかけて形作られた大地のなりたちを知ることができます。
次に流れる映像は、「歴史文化編~奇岩・巨岩が育んだ信仰~」です。世界遺産の熊野地域には、自然崇拝がもととなった信仰が広く根付いています。昔の人は、大地が創り出した神々しい自然の岩や石の姿に畏敬の念を払い、信仰の対象として崇拝しました。暮らしの中における自然と人とのつながり、人と人とのつながりがあり、時代は変わっても自然を敬う心や祖先を大切に思う気持ちは今も続いています。このようなことを例に、子どもたちがこれからの未来を考えるとき、遠い昔の人々が大事にしてきたことを次の世代につなぐことも大切な役目だと気づかせることができるのではないでしょうか。
【地形と自然環境と暮らし】
1階に降りてみます。まず目につくのが、紀伊半島の地形を示す大きな地形模型です。ここは、南紀熊野のジオパークの概要をつかみ、地形模型に映し出されるプロジェクションマッピングで、大地の形成のダイナミズムを感じるコーナーです。その側には、表面がいくつかに分かれた地球儀があります。まず、磁石でくっついているプレートを手で外してから地球をつくっていきます。地球表面が いくつかのプレートで覆われており巨大なジグソーパズルのようになっています。現在の日本は大陸プレート(ユーラシアプレートと北アメリカプレート)と海洋プレート(太平洋プレート、フィリピン海プレート)の4つが接した位置にあることがわかります。
南紀熊野の特徴的な地形は、プレートの沈み込みによって生じた付加体・前弧海盆堆積体・火成岩体の3種類の大地によって、生み出されたことがわかります。かつて海底であったところでは、生物が生きていた痕跡である化石が見つかることがあります。前弧海盆堆積体を紹介するコーナーでは、モニター画面上での化石探しに挑戦することができます。
○STEP1・7000~2000万年前:深い海の時代 (付加体の形成)
海洋プレートと大陸プレートの境目に堆積したもの(海溝堆積物)は、海洋プレートが沈み込むにつれ、どんどん陸地に押し付けられ、南紀熊野の大地が作られました。
○STEP2・1800~1500万年前:浅い海の時代 (前弧海盆堆積体の形成)
どんどん陸地に押し付けられ、付加体の海側が盛り上がってくぼみができ、そこに陸地から流れてきた砂や泥が堆積して、化石を含む地層が作られました。
○STEP3・1500~1400万年前:激しい火山活動の時代
大規模な火山活動が起こり、マグマが付加体や前弧海盆堆積体を突き抜け地表に噴出するとともに地下でマグマが固まり火成岩体がつくられました。
○STEP4・3つの地質がおりなす現在の地形
南紀熊野の大地は、より新しい時代の地殻変動と風化浸食により、現在の地形となりました。
私たちは、海溝に堆積した地層からなる付加体とその上に重なる前弧海盆堆積体と、マグマからできた火成岩体が見ることができます
つづいて、南紀の自然や歴史文化といったジオストーリーを知るコーナーへ進みましょう。「黒潮がもっとも近づく枯木灘」「豊かな恵みを受ける熊野灘」といった自然の恵みをテーマとした展示が見られます。
◎自然
温暖多雨な気候の南紀熊野では、多様な生物が生育・生息しています。沿岸部には、ウバメガシやスダジイ、ヤブツバキやトベラなど常緑樹を中心とした森がみられます。このような森には、発光性の菌類、シイノトモシビタケの発生がまれに知られるほか、大形のシダ植物、リュウビンタイなども生育しています。
一方、標高の高い山には、ブナなどの落葉樹が見られます。さらには、キイジョウロウホトトギスやキノクニスズカケ、オオママコナなどの固有種、ヒメノボタンなどの稀少種、トガサワラなどの遺存種が見られるなど多様な植物が生育しています。
また南紀熊野は、枯木灘と熊野灘に囲まれています。枯木灘は黒潮の影響を強く受けるため、温帯域に生息する生物とともに亜熱帯域に生息する生物も生息しており、ラムサール条約湿地に登録された世界最北の大規模なサンゴ群集があります。一方、深海が沿岸まで迫る熊野灘は、栄養塩類に富む海洋深層水が黒潮などの影響で湧昇を起こすため、生物生産性の高い豊かな海となっています。そのためマッコウクジラやザトウクジラなどを数多く見ることができます。
南紀熊野は、急峻な山々を越える峠道と、山々の間を縫う川の道、津々浦々を結ぶ海の道が、多くの人々の往来と物資の輸送路となり、各地との結びつきによって文化が育まれてきました。
◎文化歴史
山間部では、深い森や滝、巨石、大木など、自然物に対する信仰が発展してきました。その代表は、国の史跡・名勝であり、熊野那智大社のご神体となっている那智大滝です。このような自然への畏怖の念が土壌となり、神仏習合にもとづく熊野信仰が生まれ、平安時代には現世利益を求める熊野詣が盛んに行われるようになりました。熊野詣では、早い時期から体の不自由な人や女性の受け入れが行われていたこともあり、上皇から庶民まで多くの人々が、この地域へ訪れたことから、「蟻の熊野詣」と呼ばれています。熊野詣の参詣道「熊野古道」は、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録されました。
急峻な山々に囲まれた北山川流域では、古くから豊かな林産資源と河川を活用した暮らしが、地域の経済を支えてきました。切り出された木材は、木馬(きんま)やシュラ(木材をすべり落とす施設)で山から川へと下ろされ、筏を組み河口の新宮市へと運ばれました。そのような歴史もあり、廃藩置県の際に川を通して文化や人の結びつきの強い和歌山県に残る選択が行われ、現在、全国で唯一の飛び地の村「北山村」が存在することになりました。
その他にも、「自然災害と向き合う」など、自然災害の歴史と防災を学ぶコーナーもあります。
1階には、ジオパークガイドが常駐しており、南紀熊野の魅力を直接尋ねることができるとともに、ジオサイトのある和歌山県の9市町村と奈良県の十津川村の一部への行き方なども教えてもらうことができます。
レポートその2では、南紀熊野ジオパークの見どころを紹介します。
(中澤 地域教材化コーディネーター・学習指導コミュニケーター)